
こんにちは。行政書士の高橋ゆうこです。
2020年4月に施行された相続法改正の中には、「長年連れ添った配偶者をより厚く保護する」ための制度がいくつか盛り込まれています。
今回はその中でも特に注目される制度、
**「婚姻期間が20年以上の配偶者に対する自宅贈与の特別扱い(持戻し免除の意思推定)」**について解説します。
■ そもそも「特別受益の持戻し」とは?
相続の場面では、被相続人(亡くなった方)が生前に特定の相続人に財産を贈与していた場合、それを**「特別受益(とくべつじゅえき)」**として扱い、相続分の中で調整するのが原則です(民法903条1項)。
▽ 例:
- 長男が生前に1,000万円を援助してもらっていた
- 相続時にその1,000万円を「もらいすぎ」として考慮し、他の相続人と平等に分ける
これを「持戻し(もちもどし)」と呼びます。
しかし、夫婦間で「自宅」を贈与する場合にこの原則を厳格に当てはめると、
「長年連れ添ってきた配偶者が家を相続できず、追い出されるような形になる」
という不合理な結果になることがあります。
■ 改正民法903条4項の概要
このような不合理を解消するため、2020年施行の民法改正により次の規定が加えられました。
民法903条4項(要旨)
婚姻期間が20年以上の夫婦間で、居住用不動産を贈与または遺贈した場合、
「持戻しをしないという意思」があると推定する。
▽ ポイントはここ!
- 婚姻期間20年以上
- 自宅(土地・建物)を生前贈与または遺贈した
- → 原則、持戻し不要(=相続財産に加えなくてよい)
■ 制度の背景と趣旨
この制度は、次のような考えに基づいています:
- 長年の夫婦関係に基づく信頼・貢献を重視
- 高齢配偶者が相続後も安心して自宅に住み続けられるよう配慮
- 遺産の公平な分配よりも、実生活の安定を優先
■ 適用要件の確認
要件 | 内容 |
---|---|
婚姻期間が20年以上 | 法律婚として20年以上継続していたこと |
贈与・遺贈の対象が居住用不動産 | 主に配偶者が居住していた家・土地に限る |
贈与または遺贈であること | 遺言または登記などによって明確にされた財産の移転 |
※あくまで「持戻し免除の意思があったと推定する」という規定のため、他の相続人が「推定を覆す証拠」を出せば無効となる可能性もあります。
■ 実際の具体例でイメージ
<事例>夫婦と子2人のケース
- Aさん(夫)が死亡。妻Bさんとの婚姻期間:30年
- Aさんは、生前に「この家はお前のものだ」と言い、名義を妻Bさんに移していた(自宅評価額:2,500万円)
- 残る財産:預貯金1,000万円
- 相続人:妻Bさん、子2人
【従来の制度】
- 自宅贈与(2,500万円)が特別受益とされ、他の相続人と分け合う必要あり
→ 妻の取り分が減る
【改正後】
- 自宅贈与は持戻し不要とされ、妻がそのまま自宅を確保
- 子2人は残りの預貯金1,000万円を分ける
このように、自宅の確保と遺産分割のバランスを取りやすくなります。
■ 制度のメリット
- 自宅を守れる:配偶者が自宅に住み続けやすくなる
- 相続トラブルを回避:事前に意思が明確なら、争いを避けやすい
- 贈与をしやすくなる:生前に安心して名義変更できる
- 持戻しの計算が不要:分割手続きがスムーズになる場合も
■ 注意点・落とし穴
▽ 推定であることに注意!
- 持戻しを免除する意思が「なかった」と証明されると、無効扱いになる可能性あり
- 相続人間で争いが予想される場合、遺言書で「持戻し免除の意思」を明記しておくのがベスト
▽ 相続税の課税対象にはなる
- 「持戻し免除」は民法上の扱いであり、相続税の課税対象から外れるわけではありません。
▽ 贈与時は登記必須
- 登記がなければ第三者への主張ができず、後日トラブルの元になります。
■ 遺言で明確にするのが理想的
民法では「推定」とされているため、争いを避けるには、遺言書に明確に記すことが有効です。
遺言書に書くべき例文(参考):
「私の配偶者〇〇に対して本件不動産(住所:○○)を遺贈する。
この遺贈については、民法903条4項により特別受益の持戻しを免除する。」
■ まとめ:安心して自宅を託せる制度。生前の備えがカギ。
婚姻期間が20年以上の夫婦にとって、この制度は自宅の安定継承にとても有効です。
しかし、その効力を確実に発揮させるには、「遺言書」や「生前贈与の登記」などの具体的な準備が欠かせません。
配偶者を守りたい方、円満な相続を実現したい方は、専門家に早めにご相談いただくことをおすすめします。
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